ラムサール条約は

環境問題への関心をはかるリトマス試験紙

鈴木良雄


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 「ラムサール条約は環境問題への関心をはかるリトマス試験紙」。──これは、日本湿地ネットワーク(JAWAN)が12年前に編集・発行した『ラムサール条約と日本の湿地』(1993年)に書かれている言葉です。
 三番瀬をみていると、日本の湿地をめぐる状況はこのときとまったく変わっていないことを痛感します。


●三番瀬のラムサール登録を阻んでいるもの
   〜元凶は千葉県〜

 三番瀬は、たとえば、スズガモの飛来数が全国1位、ハマシギが全国4位というように、ラムサール条約の登録条件を十分に満たしています。だからこそ、環境省も昨年(2004年)9月、三番瀬をラムサール条約の有力候補地にあげました。

 しかし、今年の締約国会議でのラムサール登録は不可能な状態です。それは、肝心の千葉県が登録に否定的姿勢をとっているからです。県(堂本知事など)は「漁業関係者が早期登録に反対しているからむずかしい」と言っていますが、これはウソです。県が登録するといえば、漁協も賛成せざるをえません。登録を阻んでいる元凶は千葉県です。

 それは、なんとしてでも第二湾岸道路を猫実川河口域(三番瀬市川側海域の一部)に通したいからです。いまラムサール登録されれば、この道路がつくれなくなります。ラムサール条約は、「貴重な生物が生息する湿地を国際的に保護する条約」です。そんな条約に登録され、国際的監視のもとで保護されたら、道路建設などの開発ができなくなり、困るというわけです。県が早期登録に反対する最大の理由はここにあります。


●ラムサール条約は、自然保護の姿勢をはかるリトマス試験紙

 市川市や一部環境NGOなども、早期登録に反対しています。その理由は、「(猫実川河口域に)手をつけてから」あるいは「必要な対策を講じてから」というものです。
 一方、三番瀬保全団体(三番瀬を守る署名ネットワーク、三番瀬を守る会、千葉の干潟を守る会など)は、三番瀬を現状のままで早期に登録することを求めています。県などに要請書を何度も提出したり、署名運動も進めています。

 これで、お分かりでしょう。三番瀬のラムサール早期登録を求めている側は、三番瀬の保存、つまり、いまの三番瀬をこれ以上つぶさないことを強く訴えています。
 これに対し、早期登録に反対している側(県、市川市、漁協、産業界、一部環境NGOなど)は、猫実川河口域に土砂を入れて人工干潟をつくれ、と主張しています。また、これらの団体や行政は、白紙撤回された101ヘクタール埋め立て計画に賛成していました。県や市川市、産業界などは、第二湾岸道路の建設促進運動も進めています。

 つまり、三番瀬や猫実川河口域の大切さを認識している側は早期登録を求めている。一方、早期登録に反対している側は、猫実川河口域は「残しておく価値がない」「瀕死の状態」などといって、土砂投入や埋め立てを主張している。──これが、三番瀬ラムサール登録問題の核心です。
 JAWANが書いているように、ラムサール条約は、環境問題への関心や自然保護の姿勢をはかるリトマス試験紙なのです。


●「地元自治体の了解」にこだわる環境省
  〜日本は環境問題の後進国〜

 JAWANは、同書のなかで、環境省(当時は環境庁)の姿勢を批判しています。
     「環境庁は、『地元自治体の了解』がなければ実際には指定しにくい、という見解のようである」
     「しかし、『地元自治体の了解』にこだわると、肝心の、開発との関係で危機にさらされている湿地・干潟は、登録湿地に指定されにくくなってしまう。そうした湿地・干潟の多くは、地元の公共事業としての埋め立てなどの関係で問題になっているものがほとんどである。開発主体である地元自治体が開発を困難にする登録湿地の指定を簡単に受け入れるとは考えにくいだろう」
     「登録湿地指定の問題は、国として国際的な湿地保護の責任をどう果たしていくかという性質の問題なので、『地元自治体の了解』よりは、むしろ、埋め立てなどの公共事業で湿地・干潟を破壊しようとする地元自治体の抵抗があっても、そうした自治体を指導・監督して、国としての湿地・干潟保護のイニシアチブを発揮することこそが、よりラムサール条約の精神に合致するのである」
     「法律上要求もされていない『地元自治体の了解』にこだわっていては、地元自治体の開発事業として埋め立てなどの自然破壊が行われている現状を打ち破って国としての湿地保護の国際的責任を果たしていくことなど、到底できない」
     「『ラムサール条約は環境問題への関心をはかるリトマス試験紙』とも言われている。それは、その国の自然保護の姿勢、国民の環境問題への関心などが反映されていると見なされるからだ。現状の日本は、これから見ると環境問題の後進国であるとさえ言えるだろう」
 ズバリの指摘です。


●日本のラムサール登録事情
  〜開発計画のない湿地を登録〜

 日本ではこれまで、開発計画のない湿地がラムサール登録地になりました。たとえば、釧路湿原が国内第1号登録地となったのは、「開発計画がなかったから」と言われています。
 たとえば、ジャーナリストの中村玲子氏は『釧路湿原』(本多勝一編、朝日文庫)でこんなふうに述べています。
    「日本のラムサール条約加入にあたり、登録湿地をどこにするかについては、いくつかの議論があった。釧路湿原以外にも新潟県の瓢湖や福島潟、宮城県の伊豆沼・内沼、北海道の風蓮湖などが候補地としてあげられた。いずれもガン・カモ、ハクチョウなど水鳥の重要な渡りの中継地、越冬地で、地元の野鳥保護団体が中心になって熱心な登録推進運動が繰り広げられた。しかし、候補にあがった湿地の多くは、地域の人たちが農業用水として利用していたり、漁業を営んでいたり、道路建設など開発計画があったりする場所だった。(中略)『鳥と人と、どちらが大事か』と迫るラムサール条約反対運動も起き、候補地の湿地を所管する自治体は、地元のコンセンサスが得られないことを理由につぎつぎに辞退を表明した」
     「残ったのが、釧路湿原だったのである。釧路湿原は1967年、中央部5012ヘクタールが国の天然記念物に指定されていた。加えて同地域はクッチャロ太(ぶと)国設鳥獣保護区であり、内3833ヘクタールは最も規制の強い特別保護地区になっていた。むやみな人の立ち入り、農・林・漁業活動などが規制され、開発計画もなかった。すでに国内法によって最高の保護の網がかけられていた。そのうえ人間が歩くことさえ難しい谷地の奥深くである。将来的にみても、農業や漁業、市街化開発などに、大きな可能性は望めそうもなく、地域の人々の生活に直接の利害は少なかった」
     「こうして、釧路湿原のまんなか、5012ヘクタールは第1号ラムサール条約登録湿地となり、国際的な監視のもとにいっそう手厚く保護されることになったのである」
     「ところが、湿原という環境を適切に保全するためには、湿原の中央部、本体のみを保護するだけでは全く不十分だったのである。湿原は、周辺の環境とのさまざまな関係と影響の結果、存在している。その全体像をふまえたうえでの、統合的な保護の視点が欠落していた。その結果、いま釧路湿原は、無残なまでに変貌を強いられつつある」
 加藤則芳氏も、『日本の国立公園』(平凡社新書)でこう記しています。
     「湿原は、かつて不毛の地として、人びとに嫌われ、憎まれもしてきた。釧路湿原も、何度も大規模な埋め立て工事による開発案が浮上しては消えていった。大ベストセラーになった田中角栄元首相の『日本列島改造論』にも、研究学園都市構想の候補地として釧路湿原開発が挙げられていた。不毛の土地だから、民有地として売却されることもなかった。だから、湿原面積の多くは、現在も国有未開地として大蔵省所管の財産区となっている。そんな土地が注目されたのは、ラムサール条約だった」
 三番瀬は、2001年に埋め立て計画が白紙撤回されたものの、埋め立て計画の最大の目的であった第二湾岸道路という巨大開発計画は残っています。
だから、県などは、三番瀬のラムサール登録に反対しているのです。環境省も、そうした地元自治体の反対を押し切ってまで登録しようとはしていません。
 日本の行政の姿勢は以前とまったく変わっていないのです。


●三番瀬の登録はまったく問題ない
  〜県民世論調査と前回知事選の結果〜

 三番瀬のラムサール早期登録を否定する理由として、「社会的合意が得られていない」ことをあげる人もいます。
 冗談じゃありません。
 4年前の千葉知事選挙では、三番瀬の埋め立てと保全が最大の争点なりました。朝日、読売、毎日の全国紙が世論調査をおこなった結果、県民の半数以上が埋め立てに反対か、見直しを求めていることがわかりました。新聞は、「三番瀬埋め立て反対6割」(朝日)、「三番瀬、半数が見直し求める」(読売)、「三番瀬埋め立て計画見直し、中止3分の2」(毎日)を見出しにかかげました。

 こうした世論をみた堂本暁子候補は、選挙の最終盤で、三番瀬は埋め立て計画を白紙撤回して保全するという公約を前面にかかげ、知事に当選しました。
 このように、湿地問題が知事選挙の最大の争点になり、埋め立て計画の撤回と保全を掲げた候補者が当選したというのは、全国的にみてもはじめての出来事ではないでしょうか。

 この結果からみれば、三番瀬を保全し、ラムサール登録することは「社会的合意が十分に得られている」と判断すべきです。
 しかも、その後2年間開かれた三番瀬円卓会議の最終報告書では、「ラムサール条約への登録を行い、再生・保全・利用を進めることをめざします」と書いてあります。


●東京湾を大阪湾のようにしないために

 最後に、三番瀬のラムサール登録問題は東京湾の環境保全とも密接に関係があります。
 たとえば、千葉県自然保護連合の古井利哉さんは、「三番瀬の現況は、護岸整備や漁港の移転、さらには第二湾岸道路の建設など環境を破壊する公共工事が目白押しに計画されているのであり、ラムサール条約登録を急ぐことがこれらの動きを阻む緊急の課題となっている」と述べています。
 また、「三番瀬署名ネットワーク」の立花一晃さんは、「ラムサール条約登録は三番瀬保全の第一歩」と述べています。
 まったくそのとおりだと思います。
 さらにいえば、“ラムサール条約登録は東京湾保全の第一歩”でもあります。
 東京湾ではいまも埋め立て開発構想がもちあがっています。羽田空港の拡張では、埋め立て工法を用いることが決まりました。さらに、東京湾を埋め立ててもうひとつの首都圏空港(羽田、成田に次ぐ第三空港)をつくることも検討されています。環境保護運動でいったん中止になった「フェニックス計画」(廃棄物を広域的に集めてきて海域に人工島をつくる計画)が再浮上する気配もあります。

 大阪湾をぜひご覧ください。自然の干潟がほとんどなくなり、海に関心をもつ沿岸住民がわずかしかいなくなったため、大阪湾はいま埋め立てラッシュです。兵庫県側では神戸空港、六甲アイランド南、大阪府側では関西国際空港2期、大坂南港沖の新人工島と、4つもの大型埋め立て工事が進んでいます。「フェニックス計画」も大阪府の泉大津沖に計画されています。すさまじいばかりの環境破壊です。このままでは、海というより運河になってしまいます(「埋め立てラッシュの大阪湾を見学して」を参照)。
 東京湾をこのような状態にしないための一つの歯止めは、三番瀬をただちにラムサール条約に登録し、東京湾保全の足がかりにすることです。

(2005年3月)






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